チラシ・ポスティングの歴史
世界最古の広告、それが「チラシ」です。
そのチラシは、紀元前2000年ごろに古代エジプトの首都テーベでまかれたパピルス紙を使ったものです。
これはB5判ぐらいの大きさの巻物型のもので、行方不明者を探す内容だったとのことです。
現物は、現在、大英博物館に保存されています。
我が国でも江戸時代にはチラシ広告が多く使われ、
江戸で「ひきふだ」大阪で「ちらし」という呼ばれ方をしておりました。
有名なものに1693年、
呉服商越後屋(現在の三越)が出した「呉服物現金安売り掛け値なし」があります。
ポスティングで配布しているチラシ、この「チラシ」は日本の歴史をさかのぼると江戸時代には「引札」と呼ばれていました。
引札というと、お客を引くから、という意味を連想しますが、当時は配ることを引くと言っていたからのようです。
さて、引札と言えばかならず引き合いに出されるのが、呉服屋である越後屋が天和三年 (1683)年に日本橋駿河町に開店したときの引札です。「現金安売掛値なし」のキャッチコピーとともに配られたこの引札、広告史上のみならず商法においても画期的なものでした。
この引札の主、越後屋八郎右衛門は、前年冬の大火のために本町一丁目の江戸店を焼失し、駿河町に心機一転あたらしく開店。そしてその開店にあたっての引札の文面は以下のようなものでした。
「駿河町越後屋八郎右衛門、申し上げ候。
今度(このたび)、私工夫を持って、呉服物何に依らず格別下値に売り出し申し候間、私店へ御出、御買い下さるべく候。何方様へも持たせ遣わし候儀は仕らず候。
尤も手前割引勘定を以って売出し候上は、一銭にても空値は申し上げず候間、御値ぎり遊ばされ候にても、負(まけ)は御座無く候。
勿論代物(代金)は即座にてお払い下さるべく候。一銭にても延金は仕らず候。」
以上
このときより、今ではあたりまえとなった、正札での値引きなしで現金取引のみの店頭販売がはじまったのです。当時は、年二度の節季払いの掛売り商法が普通で、呉服屋は一反単位のみ販売で切売りはしなかったわけですから、常識破りの画期的な新商法だったわけです。
越後屋はこの新商法が大当たりし、日千両の売り上げという江戸の一番店になります。「現金安売掛値なし」のシンプルなキャッチコピーの引札が今に至る商売法の確立に大きく寄与したのです。
まさしく、日本の広告の原点にポスティングあり、です。
ポスティングというのは、このように地域生活密着型の宣伝メディアでもあることがよくわかります。
江戸で一般に「引札」と呼んだのは大正のはじめのころまでで、それ以降は「ちらし」と呼ばれるようになったそうです。ところが、大阪では古くから引札のことを「撒き散らす」ことから「散らし」と呼んでいたようです。 |